Kume's Will: Section 01

第2世代

「キャビン空間を大きくしよう」

燃料電池車の普及を目指すHondaは、2008年にFCXクラリティのリース販売を開始した。その経験をもって臨んだ2016年モデルの開発テーマは明確だった。〈人のためのスペースは最大に。メカニズムは最小に〉。やや窮屈な4人乗りから、ゆったりな5人乗りへの革新である。

Kume's Will: Section 02

「まったく収まらない…」

従来モデルや他社モデルでは、ボディのお腹にあたるキャビン下に燃料電池スタックが置かれている。それを、顔となるフロント部に移動させればよい。だが、そのままではフロントフード内に収まらず、前が見えないほどの高さになる。まさに、絶望的な壁が立ちはだかっていた。

Kume's Will: Section 03

セル

「どこでサイズを稼げるか?」

駆動モーターや昇圧コンバータ、水素・空気供給システムも含めたパワーユニット部をどこまで小型化できるか。中でも燃料電池スタックには、大幅なダウンサイズが求められる。水素と空気中の酸素をMEA(膜電極接合体)で化学反応させる、〈セル〉の見直しが鍵を握っていた。

Kume's Will: Section 04

自前

「ないから、つくろう」

構造の改良によって出力を上げることで、1セルあたりの発電性能が1.3倍となり、セル数の30%削減が可能になった。と同時に、従来より20%軽量化できる可能性も見えてきた。それを量産ラインでどう再現するか。世界初の試みのため、検査装置から自前でつくることになった。

Kume's Will: Section 05

ゼロ

「こんなはずじゃなかった…」

電極の膜を塗布するフィルムの素材選定や、ロールを送り出すスピード調整などを、EG(ホンダエンジニアリング)内のクリーンルームで何度も繰り返していく。1年近くにおよぶ試行錯誤の末、実証ラインの完成へとこぎつけた。ところが、いざ稼働してみると、良品がまったくできない。歩留まり、ゼロだった。

Kume's Will: Section 06

失敗

「だいじょうぶだから」

若い頃から、たくさんの失敗をしてきた。担当したラインが1日止まれば、損失は膨大だ。油まみれになりながら、労を惜しまずに不具合と格闘した。若手たちの失敗にも、上司は焦らずどっしりと構えていた。挽回のチャンスは奪わない。自分もまた、そんなリーダーでありたいと思う。

Kume's Will: Section 07

解明

「やっと見つけた!」

なぜ良品が生産できないのか? 解析を重ねても、ライン自体の問題は出てこない。数か月のあいだ悩み続け、材料に原因があることを突きとめた。機械工学に、経時変化という化学も絡む燃料電池の量産だけに、やってみなければ知り得なかった事象だ。出荷日程はぎりぎりで守った。

Kume's Will: Section 08

有名無実

「同じものは、つくらない」

初号ラインがうまく動き出すと、2本目3本目と生産体制を増強していく計画が持ち上がる。本来はリピートラインであるが、EGの現場には〈もっと良くしたい〉という思いが強い。センサーを高性能なものに変えた結果、トラブルを招いたりする。そのトライ&エラーを責めないのが、Hondaだ。

Kume's Will: Section 09

GM

「あとあとに、きっと生きてくる」

燃料電池車の普及には、コストダウンが大命題である。それをスケールメリットで実現すべく、GMとタッグを組むことになった。数回の渡米で、考え方や働き方の違いが浮き彫りになり、調整には苦戦している。とはいえ、異文化の交わりから生まれるモノへの、期待のほうが大きい。

Kume's Will: Section 10

青空

「チャンスは巡ってくる!」

燃料電池に関わる前、入社から15年間、太陽電池の開発をしていた。新興国とのコスト競争の中で、撤退という判断が下った。だが、〈子供たちに青空を〉が、彼の原点である。世界もまた、その未来をつかむチャンスを失っていない。それをクルマという領域で、彼は追い求めていく。

PROFILE

久米智之

パワーユニット生産技術部/パワーユニット設備技術

大学院時代、地球温暖化への問題意識から、CO2削減につながる太陽電池の研究に没頭していた。ちょうどその頃、Hondaが同技術の開発をスタートさせるという情報を得る。発祥の地・浜松に生まれ育ったこともあり、もともと愛着を抱いていた会社でもあった。入社後は、面接で強くアピールした希望どおり、太陽電池の開発部門へと配属された。のちに同事業からは撤退したが、「やりたいことを実現できる環境である」と現在も感じている。

Tomoyuki Kume