PROFILE

釘宮卓郎

1998年入社。母親がロードパルに乗っていたり、自分はF1が好きだったことから、Hondaはもともと気になる企業だった。大学では機械工学を学び、材料の応力歪みや疲労破壊などの領域に楽しさを覚えた。就職に際しての志望動機は「人と接触しても生命を奪わない、柔らかいボディの開発」だった。入社後は、二輪・四輪・汎用・設備用というさまざまなモーターに携わっている。

Takuro Kugimiya

斎藤 知

2007年入社。機械工学部で自動制御を学ぶ。創業者・本田宗一郎への共感や、自由な社風に惹かれたこと、なによりエントリーシートに大学名の記入欄がなく、A3の白紙に将来の夢を描く欄があったのがHondaを選ぶ決め手になった。入社後はパワートレイン設備制御、エンジン、モーターなどの領域を歩んでいる。

Satoru Saito

ミッション。

釘宮1日300台という量産性能を「初日から100%達成すべし」。これがHAWモーター 第4世代(以下、HAW4)のライン開発のミッションでした。クルマ1台に2個のモーターを搭載しているから、1つのラインで毎日600個を安定的に生産しないとならない。

斎藤HAWモーター 第1世代(以下、HAW1)では当初1日50台、HAWモーター 第2世代(以下、HAW2)では1日150台。稼働後、苦労しながら1年半ほどかけて緩やかに上げていったのに、いきなり100%ですからね。

釘宮しかも、販売計画の変更に伴うHAWモーター 第3世代(以下、HAW3)の開発中止という経緯もあって、前倒しで始まったのがHAW4だった。

斎藤モーターの生産コストを下げるとか、設備を壊れにくくするとか、新たな技術開発の企画には着手していて、それを工場もほしがっていたんですよね。

釘宮HAW1とHAW2の不具合や工場の困りごとを反映した、HAWラインの集大成という位置づけだったね。

14の新技術。

釘宮エンジンやトランスミッションだと、1つの設備で1つのプロジェクトを組むけど、モーターは歴史も浅いから、ライン全体で1つのプロジェクトになる。開発と製造の領域を合わせて、関わったメンバーは120人ほどだった。

斎藤HAWラインの中に、生産技術のほとんどが入っていますからね。金型による、コイル銅線の切断・剥離から始まって、束ねたワイヤを同時に折り曲げるプレス加工、そのあとの組み立て、溶接、絶縁体となる粉体の塗装という工程まで。その全体に、検査や高速搬送も絡んできます。

釘宮開発した新技術は全部で14。その数だけのプロジェクトが凝縮されているんだよね。HAW4のハイライトは整列挿入かな。壊れにくくするための要の部分。あとは、剥離の高速化。0.98sec/一本と、一秒の壁を切った。

斎藤画像検査もありますね。人が目視でやっていたのをセンシングで自動化して、従来の6人必要だった作業が2人でできるようになりました。

釘宮やっぱり新しい技術を入れていかないと、課題は解決できないし、僕らとしても面白くない。それで、いつも苦労の繰り返しをしているんだけどね。

HAW1・2の経験を生かして。

斎藤HAW1のときは本当にキツかったんですよね。以前のIMA(Integrated Motor Assist)とは異なるモーターをつくるということで…

釘宮企画段階では、明るい未来が広がっていたんだよね。ショートプロセス(少ない工程)でできるようにしようとか、サイズの違うモーターが簡単な設備の取り替えでできるようにしようとか、開発者の意志をいっぱい注ぎ込んだ。でも、新しいモーター開発にしては期間が短すぎて、量産後のトラブルはいろいろ出た。

斎藤立ち上げで、企画能力の半分も達成できませんでしたからね…

釘宮製作段階でも、切断・曲げ・溶接をはじめとする約50機もの設備を工場の現場で1つのラインとして組み上げる。この設備を優先的につくっておいて、その前後の設備は次にっていう僅かな時間差の必要性が分からなかったから、据え付けや調整に手間取ったりもした。その反省を生かせたのがHAW4のときで、企画段階から綿密な計画を立てて臨んだ。

斎藤そういう発見も含めて、自分の考えていることを設備という形で具現化できるのが、うちの魅力だと思います。それに経験に関係なく志さえあればどんどん成長して活躍できる。

釘宮「うわー、難題だらけだよ」とか口ではブツブツ言ったりするけど、新しいモーターの仕事がくるのは幸せなことで、じつは嬉しくて仕方ないんだよね。HAWモーターという1つの部品に、7年間も開発費を投資してもらえる環境って、なかなかないんじゃないかな。

コピーライン。

斎藤2018年の春からHAW4の量産が始まった。100%とはいかないけど、90%の生産はなんとか確保できました。

釘宮モーター生産の拡大のために、いまは国内でコピーラインをつくっている段階だね。だけど、完璧なコピーはなぜかできない。開発型の思考が働いちゃうせいかな。

斎藤同じモノをつくることに対して抵抗を感じる人が多いんです。企業文化なんですが、集中と選択は必要なので今後の課題でもあります。良かれと思って変えた部分でトラブルが起こることもありますけど、その原因を探すことで、「前のラインはたまたまうまくいってたんだ」という気付きもある。そこから設備メーカーさんのサポートで成立していた部分などを、自分たちの手の内化できたりすることもありますね。

釘宮時には前世代の設備をコピーをしろという会社の指令は出るものの、悪いものはコピーしちゃダメなんだよね。それを直そうとするんだけど、なかなか難しい。上司とも、プロジェクトチームの仲間とも、たくさん議論した。ケンカもした。全く新しいものでもなく、完全に同じものでもない、最適な所を探すのが一番面白いところ。

斎藤同じ図面を使って同じものをというのであれば、そんなに難しいことではないです。ただ、寸法がコンマ1ミリでも違えば、見た目は一緒でも空気の流れとか温度の条件とかが変わって、まったく同じにはならない。それも設備製作の難しいところですが、それが手の内にできたり、あらかじめ予測できた通りにうまくいくとエンジニアとしてはたまらない達成感がありますよね。

いろんな領域の人に、活躍の場がある。

釘宮間もなく、新型フィットに載せるモーターも生産できるように、ラインの改造が始まる。平日はずっと量産をしているので、土日に我々が出かけていって、2日間でできるぶんだけやって帰ってくる。こういう仕事は、Hondaの事業所の中でもうちだけだよね。「来週は誰が工場に行くんだっけ?」って。

斎藤人員的に厳しい状況もあるので、工場側でできることはやってもらうようにするとか。お互いに成長し合っている感じですよね。

釘宮うちの立ち位置だよね。研究所の製品開発部門と工場のあいだ、モノづくりのプロセスのど真ん中にいるから、製品を企画開発する部隊と工場で生産する部隊と均等に両方と付き合える。エンジニアとしてこんなに面白い職場はないんじゃないかな。仕事の幅は無限にあるって思うね。

斎藤なんでもできるし、技術の幅がすごく広がります。プレスで使ったスキルを、次は塗装で活かせていたりとか…。どの領域の人が来ても活躍できるっていうことですよね。世界初のモノづくりをチームで成し遂げる達成感があるんです。